2017年11月01日

ゆびわものがたり5 記憶

その港街に、モーリスと言う男が住んでいた。
赤銅色の肌に、長いあごひげを蓄え、
白髪まじりのモジャモジャ頭をしていた。
オデコや目尻には、深い溝が刻まれていた。

埠頭にある倉庫の端に、お気に入りの椅子を置き、
深く腰掛け、パイプを燻らせながら、
ボンヤリと船の出入りを眺めることを、
何よりの楽しみにしていると、
他の人たちには見えた。

しかし、彼は、ただぼんやりと
海を見ているのではなかった。
ひとりの少女が帰ってくるのを
来る日も来る日も、待っていた。

彼は、かつて、島と港を結ぶ小さな定期便の船長をしていた。
定期便といっても、木の葉のような船で、船長一人が操っていた。
その日、最終便も終わり、船を岸壁に固定する準備をしていた。
ふと見ると、十歳くらいの少女が、足を海に垂らしながら座っていた。
小さな子が、港を一人でウロつく時間ではなかった。
独り者の彼は、子供に興味はなかったが、さすがに心配になり、声をかけた。
半月の明かりに照らされ、俯いたまま彼女は、帰り道が判らなくなったと言った。
モーリスは、詳しく聞かなければと、近づいていった。
よく見ると、シャツも着ていないようだった。
比較的温暖なこの港街では、昼間、その様な小さい子を見かけることもあった。
ゆらゆらと、揺らしているはずの足は、よく見えなかったので、
長い巻きスカートでも履いているのかと、はじめは思った。
もっと近づいて見ると、それは、スカートではなく、足も一本にまとまっていた。
先には、キラキラと輝きながら、パタパタとはためくモノが付いていて、
それが、魚の尾ひれだと言う事は、直ぐにわかった。
彼女は、いわゆる、人魚の少女だった。

彼女の話では、サカナと追いかけっこをしていうちに、港の入江に迷い込み、
たくさんの船が出入りしているので、怖くて外海に戻れなくなったのだと。
モーリスは、彼女を船に乗せ、結びかけたもやいを解き、いつもは行かない島より向こうの外海に向かった。
港の灯が小さくなり、消えてしまいそうになった。
薄い月明かりの中、水面が時々盛り上がり、キラリキラリ光るのが見えた。
じっとよく見ると、それは、迎えに来たほかの人魚たちだった。
見る間に、船の周りの海は、人魚でいっぱいになった。
モーリスは、船の横のやや低くなったところから、彼女を海に降ろしてやった。
彼女は、モーリスに微笑みかけながら、何かをその手に渡し、海に戻っていった。
ほかの人魚たちも、ほどなく波間に消えていった。
半月の明かりに照らされた海の上、漂う木の葉の船に、モーリスはひとりぽつんと立っていた。手の中を見ると、指輪がひとつ。半月のかすかな光も全て吸い込んでしまいそうな、深い蒼色をしていた。

モーリスは、もう、船長の職は退いていた。
それでも、毎日こうやって港を見ながら過ごすのは、
彼女がまた帰ってきたとき、この指輪を返そうと思うからだった。
この指輪は、自分には似つかわしくないと思うからだった。
彼女の指にあってこそ、海と月の明りを集めて輝く指輪だと思うからだった。
指輪 クラウン サファイア.JPG
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西荻窪 ニヒル牛さん サファイア色のこの指輪納品しました。 12号です。
posted by say-go at 22:39| 東京 ☀| Comment(0) | ゆびわものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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